おきざりにした悲しみは..../よしだたくろう
1972年。終始ディストーションのかかったエレキギターが鳴り響く。
金曜日の朝/よしだたくろう
1973年。ストリングスや女性コーラスがニュー・ミュージック風だが、そもそもこのころのよしだたくろうをフォークというジャンルでくくること自体が無意味かもしれない。両面ともアルバム未収録。
シンシア/よしだたくろう&かまやつひろし
1974年。シンシアとは70年代のアイドル、南沙織のニックネーム。南沙織を目の前にして歌ったこともある。B面もデュエット。
伽草子/よしだたくろう
1973年。「結婚しようよ」が大ヒットしたあと、1年半ほどシングルが出なかったが、これがメジャー化した後に出た最初のシングル。このあと半年後に「金曜日の朝」が出る。
イメージの詩/吉田拓郎
1970年。アルバムではかなり長い曲をシングル用に短く編集。デビューシングル。和製ボブ・ディランと呼ばれた理由は60年代ボブ・ディランを聞くと分かる。詩が重要か。
青春の詩/よしだたくろう
1971年。シングル用に曲を短くして収録。余計なエレキギターが入っていないアルバムバージョンのほうがよい。
となりの町のお嬢さん/吉田拓郎
1975年。CBSソニーからフォーライフに移っての最初のシングル。アーティスト・クレジットが平仮名から漢字になった。マンドリン、バンジョー、アコーディオン、ピアノを担当している松任谷正隆の活躍が大きい。
明日に向かって走れ/吉田拓郎
1976年。その後のベスト盤には必ず含まれるフォーライフ時代の名曲。
I’m In Love/吉田拓郎
1983年。歯が浮きそうなくらいクサいラブ・ソング。
歌ってよ夕陽の歌を/森山良子
1975年。「この広い野原いっぱい」の人に提供。もろに吉田拓郎というような曲ではない。
あぁ、グッと/近藤真彦
1988年。河島英五が歌うような曲を近藤真彦に提供。「人生を語らず」のようなところもある。
僕笑っちゃいます/風見慎吾
1983年。タイトルどおり笑っちゃうほど吉田拓郎節。
メランコリー/梓みちよ
1976年。かなりヒットした。
水無し川/かまやつひろし
1976年。これまたいかにもな曲。曲提供というよりカバーのように聞こえてしまう。
失恋魔術師/太田裕美
1978年。「背中あわせのランデブー」というアルバムはA面が全部吉田拓郎作曲、B面が太田裕美作曲だ。アルバム・バージョンの方が好きだ。
襟裳岬/森進一
1973年。大ヒット曲。吉田拓郎は自分でも歌っている。B面も吉田拓郎作曲。両方とも「今はまだ人生を語らず」に入っている。
たどりついたらいつも雨ふり/モップス
1972年。モップスは井上陽水の曲もカバーしている。GSバンドとしては息の長いグループ。
落陽/山田パンダ
1976年。山田パンダはかぐや姫の山田つぐと。吉田拓郎の「ライブ’73」のバージョンが有名なため、吉田拓郎のスタジオバージョンでさえ見劣りする曲。
風の街/山田パンダ
1975年。吉田拓郎作曲。吉田拓郎の個性が出た曲。B面が山田パンダ作詞作曲。後に「落陽」をカバーする。
スターズ・オン23/ビート・ボーイズ
1981年。吉田拓郎の曲をスターズ・オン形式でメドレーにした曲。ビート・ボーイズはアルフィーの変名で、ボーカルは坂崎幸之助。計22曲。スターズ・オン23のテーマも凝っている。
やさしい悪魔/キャンディーズ
1977年。A面よりB面の方が吉田拓郎度が濃い。B面はサビに出てくる旋律の頂点でちゃんと声が出るようにキーを合わせているため、歌い出しがかなり低い音程になってしまって歌いづらそうだ。「銀河系まで飛んでいけ」も吉田拓郎作曲。
アン・ドゥ・トロワ/キャンディーズ
1977年。吉田拓郎の特徴である、前拍の母音をのばして音階の跳躍をさせるメロディーが何度も出てくる。
あゝ青春/トランザム
1975年。詩は数え歌風になっている。曲タイトルより大きい字で書かれた番組名。
風になりたい/川村ゆうこ
1976年。設立当初のフォーライフ・レコードからデビュー。サビがもろに吉田拓郎。
我が良き友よ/かまやつひろし
1975年。吉田拓郎提供作品としては最大級のヒット。「シンシア」時代から続くコラボレーションが結実。素直に、裏表なく生きる男友達を懐かしむとともに、郷愁を感じさせる曲。
銀河系まで飛んで行け!/中原理恵
1983年。それほど吉田拓郎らしさは出ていない。B面は筒美京平。両面ともサウンドが機械的でモダン。
わたしの首領/石野真子
1978年。「狼なんか怖くない」に続く2作連続の吉田拓郎作品。2作とも曲のはじめにサビのフレーズが出てくる。
ルーム・ライト/由紀さおり
1973年。森進一と同じく、売れている歌手が売れているフォーク、ニュー・ミュージック系アーティストの曲を歌っている。