黒ネコのタンゴ/皆川おさむ
1969年。皆川おさむ君は当時6歳。宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」が登場するまではオリコンによる売上枚数1位だった。
鳥になった少年/田中のり子
1969年。ファンタジックな詩と可憐なボーカルで、フォーク調の歌。プロテストフォークを歌いすぎて疲れた青年の癒やしソング。
白い蝶のサンバ/森山加代子
1970年。イントロがとても印象的。もともとは和製ポップスの人だった。復活作。
真夜中のギター/千賀かほる
1970年。深夜に一人でギターを弾いて歌うにはちょうどよさそうな曲。ボーカルのレンジも広くなく歌いやすい。
新宿の女/藤圭子
1970年。宇多田ヒカルの母。デビュー盤。演歌ながら70年代初頭に怒濤のヒット連発。
ざんげの値打ちもない/北原ミレイ
1970年。タイトルが刺激的。阿久悠作詞。ほとんど唯一のヒット曲。
手紙/由紀さおり
1970年。女性が男性に当てた別れの手紙。いい歌詞。メロディーもいい。
女のまごころ/胡浜三郎
1970年。森進一のように情感を込めて歌う。
顔じゃないよ心だよ/バーブ佐竹
1970年。「顔じゃないよ心だよ」は、バーブ佐竹のトレードマークとなったセリフ。
傷だらけの人生/鶴田浩二
1970年。曲の間に挟まれるセリフが多くの男性の共感を得た。
ポーリュシカ・ポーレ/仲雅美
1971年。ロシア民謡。コーラスは男声で勇壮。赤軍合唱団も同時期にレコードを出している。B面はドイツ民謡。
朝もやのなか/ヘドバとダビデ
1971年。「ナオミの夢」に続くヘドバとダビデの新曲と書かれているが、実際は「幸せは夢でなく」に続く3枚目のシングル。両面とも日本語で歌われるポップス。
幸せは夢でなく/ヘドバとダビデ
1971年。「ナオミの夢」に続くシングル。イスラエルから出てきているが男性はフランス人。女性はイスラエル人。A面は英語とヘブライ語、B面は英語で歌われる。
サルビアの花/岩渕リリ
1972年。作曲はジャックスの早川義夫。
瀬戸の花嫁/小柳ルミ子
1972年。代表曲。詩に日本のふるさとの風景を盛り込み、ゆったりした曲調に仕上げて大ヒット。カモメの鳴き声入り。平尾昌晃作曲の代表曲。
どうにもとまらない/山本リンダ
1972年。作曲の都倉俊一は当時ビートにこだわっていたようで、軽快なリズムでパーカッションが強調されている。都倉は後にピンク・レディーで成功する。
あの鐘を鳴らすのはあなた/和田アキ子
1972年。和田アキ子の歌唱力のすごさを実感できる曲。さすがR&Bの女王。紅白でもトリで歌ったことがある。
だれかが風の中で/上條恒彦
1972年。「木枯し紋次郎」のテーマ。作曲は小室等。馬で駆けるようなリズム。B面はマーク・リンゼイの「アリゾナ」あるいは「シルバー・バード」を彷彿とさせるいい曲。上條恒彦はパワフルだ。
ピンポンパン体操/東京荒川少年少女合唱団
1972年。幼児向け番組の歌。小林亜星作曲で、途中にオッフェンバックの「地獄のオルフェ(天国と地獄)」の序曲を使用している。作詞は阿久悠。
赤色エレジー/あがた森魚
1972年。あがた森魚の代表曲。バックは蜂蜜ぱい。武川雅寛のバイオリンがいい味を出している。
待っている女/五木ひろし
1972年。どこからどう聞いてもポール・リビア&レイダースの「嘆きのインディアン」。終始あのリズムで、イントロもご丁寧にキーボードから入る。
耳をすましてごらん/本田路津子
1972年。NHKの連続ドラマの主題歌。原作の山田太一が詩も書いている。
さらば涙と言おう/森田健作
1972年。代表曲。声や歌い方がはしだのりひこに似ている。ドラマの主題歌。
鉄橋をわたると涙がはじまる/石橋正次
1972年。「夜明けの停車場」に続く鉄道もの。ヒット曲。
さそり座の女/美川憲一
1972年。コロッケや清水アキラがモノマネのネタにしてから美川憲一の代表曲のように思われているが、実際はこれより売れたシングルがいくつもある。
怨み節/梶芽衣子
1972年。曲は8小節しかなく6番まである。
太陽に愛されたい/ニュー・キラーズ
1972年。ピンキーとキラーズのキラーズがピンキーと離れ、女性2人組のラブリーズと組んだのがニュー・キラーズ。ラブリーズはラブリーだがキラーズはむさくるしい。両面ともいずみたく作曲。もともとラテン系なのでパーカッションがポコポコいっている。
喝采/ちあきなおみ
1972年。73年頭に大ヒット。四七抜き音階。終始流れるエレキギターがいい。
メリー・ジェーン/つのだ★ひろ
1973年。日本ロック界永遠の名バラード。つのだ★ひろはドラマーだがこの曲で作曲家、ボーカリストとして注目される。
同棲時代/大信田礼子
1973年。映画「同棲時代」の主題歌。といっても「同棲時代」という映画は3本ある。そのうちの一つ。
ジョニィへの伝言/ペドロ&カプリシャス
1973年。ペドロ&カプリシャスはラテンロックのバンド。ピンキーとキラーズのキラーズもラテンだった。ペドロとはパーカッションプレイヤーのペドロ梅村。ボーカルは高橋真梨子。大ヒット。
避暑地の恋/チェリッシュ
1973年。避暑地とは軽井沢のこと。B面は松崎好孝がリードボーカル。
愛してる愛してない/チャコとヘルス・エンジェル
1973年。ギターは後のゴダイゴの浅野孝己。アイドル路線を走ったGS残党バンド。B面は遅れてきたホットロッド。
白い花/森るみ子
1973年。NHK連続テレビ小説「北の家族」の主題歌。国立音大の学生だからかどうか分からないがボーカルはうまい。赤い鳥も同じ曲を歌っている。
戦争は終わったけれど/新谷のり子
1973年。「フランシーヌの場合」に次ぐ反戦ソング。両面ともいずみたく作曲。
ポケットいっぱいの秘密/アグネス・チャン
1974年。同じころのアイドルより1オクターブはキーが高い。天地真理、麻丘めぐみ、アグネス・チャンが売れて、名前の最初に「あ」がつくとヒットするという縁起ができた。この曲はキャラメル・ママがバックを演奏していることでロックファンに知られている。
想い出のカフェテラス/浅田美代子
1974年。前年にデビューし、歌唱力はそれほど要求されないという日本アイドルの基礎を築いたが、アイドルとして売れていたのはわずか2年だった。
恋のダイヤル6700/フィンガー5
1974年。ジャクソン・ファイブ、オズモンズに対応する日本の兄弟グループ。電話に関する代表曲でもある。沖縄出身。
恋のアメリカン・フットボール/フィンガー5
1974年。日本ではおそらく唯一のアメリカン・フットボール関連のヒット曲。都倉俊一らしいビートの効いたロック。
帰らざる日のために/いずみたくシンガーズ
1974年。このころ青春ドラマとスポ根ドラマが流行。テーマ曲を作曲しているのはだいたいいずみたくだった。男女混声ポップスとして優れた曲。
赤ちょうちん/かぐや姫
1974年。「神田川」に次ぐ代表曲。クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングのハーモニーで日本的風景や若者の生活を歌い、4畳半フォークの代表になった。
私は泣いています/りりィ
1974年。アメリカでハスキーボイスと言えばジャニス・ジョプリン、イギリスではボニー・タイラー、日本ではりりィだ。
北へ帰ろう/徳久広司
1975年。小林亜星作曲。小林旭に似た歌い方。
さらばハイセイコー/増沢末夫
1975年。ソルティ・シュガーの「走れコータロー」以来の競馬関係ヒット曲。増沢末夫は騎手。うまいとは言えない。B面はインタビューと実況中継の録音。
商品には手を出すな!/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
1975年。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」のような曲で芸能界の浮き沈みの悲哀を歌う。B面は笠置シヅ子の「買物ブギ」を知らないと楽しめない。これも芸能界ネタ。
裏切りの街角/甲斐バンド
1975年。出世作。タンゴのようなリズム。サディスティック・ミカ・バンドの今井裕がキーボードをやっている。
あなたの私/石川さゆり
1975年。最初のヒット。あまり演歌を感じさせないジャケットだ。音の高いところで裏声を使うのはこのころからすでにうまい。B面は完全にアイドル歌謡。普通に歌ってもうまい。
星めぐり/豊川誕
1975年。ジャニーズ所属アイドル。かぐや姫やグレープの曲がヒットしたことを受けているが、不遇を売りにしたことを見透かされて失敗した。平尾昌晃作曲。
生きるってすばらしい/豊川誕
1975年。「星めぐり」に続き今回も不遇路線。テンプターズの「エメラルドの伝説」を歌謡曲にしたようなサウンドだ。B面はやや希望がある。
青春のかげり/ルイ&マーク
1975年。双子デュオで、外国人だという。アイドルとして売り出され、曲もそのような甘いポップス。
想い出の海/ザ・スリーファンキーズ
1975年。両面とも寺内タケシ作曲。A面は演奏も寺内タケシとブルージーンズで、エレキでサーフィン・ミュージックをやっている。B面は歌謡曲。
弟よ/内藤やす子
1975年。ヒット曲。翌年の「想い出ぼろぼろ」以降はニューミュージック系のアーティストが曲を提供し、ニューミュージック・シンガーになる。
およげ!たいやきくん/子門真人
1975年。レコード時代では日本で最も売れたアナログ盤。マイナー調のメロディーで子どもにも分かりやすいようにゆっくり歌われ、ユニークな詩が受けた。息苦しい会社の中で生きる大人もたいやきくんを自分に重ねて共感し、大ヒット。
河内のオッサンの唄/ミス花子
1976年。河内弁で歌われる。口は汚いかもしれないが人情深く、憎めないおっちゃんを歌う。郷土愛に満ちた曲。
セクシー・バス・ストップ/浅野ゆう子
1976年。オリエンタル・エキスプレスのボーカル付きカバー。筒美京平作曲。ディスコ。B面は「ブルーライト・ヨコハマ」。つまり両面とも筒美京平作品のカバー。
青春時代/森田公一とトップ・ギャラン
1976年。森田公一は筒美京平や都倉俊一、宇崎竜童らと並んで、70年代の代表的作曲家。このころは、60年代末や70年代初期に政治や社会、あるいはフォークを熱く語っていたことを懐かしむ曲がたくさん出てきた。これもその一つ。
幻の人/茶木みやこ
1977年。ピンク・ピクルスの人。毎日放送のドラマの主題歌。
メッセージ/都倉俊一
1977年。作曲家。70年代後半にピンク・レディーのヒット曲を作曲した。黛敏郎、すぎやまこういちとともに保守系作曲家として知られる。
夢一夜/南こうせつ
1978年。レンジの広さを生かした静かな曲。声が高くなる部分がサビにきて大いに盛り上がる。
カナダからの手紙/平尾昌晃・畑中葉子
1978年。畑中葉子は平尾昌晃が主宰する歌謡教室の生徒。後にソロに転向するがエロ路線に走る。この曲にちなんだパソコンソフトがある。
Mr.サマータイム/サーカス
1978年。男2人女2人の兄弟・いとこグループ。ハーモニーの美しさを武器にしていた。同時代のグループとしては、アバよりもスターランド・ボーカル・バンドに近い。
ハンダースの想い出の渚/ザ・ハンダース
1978年。「想い出の渚」はワイルド・ワンズの曲だが、これを清水アキラがいろんな人のモノマネで歌うという曲。
この空を飛べたら/加藤登紀子
1978年。中島みゆき作曲。「琵琶湖周航の歌」以来のヒット。サビはいかにも中島みゆき。
都忘れをあなたに/北野玲子
1978年。スター誕生から出てきたアイドル。B面は演歌。しかし性典もの。性典ものとは、10代後半くらいのアイドルが歌う性体験を類推させる曲。山口百恵の「ひと夏の経験」、麻丘めぐみの「女の子なんだもん」等がこれに当たる。
Sachiko/ばんばひろふみ
1979年。「『いちご白書』をもう一度」のバンバンの人。関西では人気ラジオパーソナリティー。詩の雰囲気はかぐや姫の「妹」に似ている。
安奈/甲斐バンド
1979年。「HERO~ヒーローになる時、それは今」に次ぐヒット。クリスマスソング。
愛の水中花/松坂慶子
1979年。「あれも愛、これも愛、たぶん愛、きっと愛」のフレーズがとても印象的。そのフレーズだけ覚えている人も多い。
舟唄/八代亜紀
1979年。有線からヒット。深夜運転するトラックの運転手に根強い人気を誇る。
ディスコスーダラ節/インベーダー
1979年。ハナ肇とクレージー・キャッツのディスコカバー。
よせばいいのに/敏いとうとハッピー&ブルー
1979年。多人数のグループで、1人がリード・ボーカル、その他がコーラスを担当し、演歌調の曲を歌う形態を、ムード歌謡と呼んでいる。60年代後半から一般化し、鶴岡雅義と東京ロマンチカや黒沢明とロス・プリモス、内山田洋とクール・ファイブが人気を得た。80年代になるとこの手のジャンルはそれほどヒットしなくなるが、このシングルはかなりヒットしている。
ふるさと/ブルー・トレイン
1979年。ロックバンドのようなジャケット写真だが、曲はムード歌謡らしく、リードボーカルは演歌の歌い方。
別れても好きな人/ロス・インディオス&シルヴィア
1979年。代表曲。男女ボーカルでバックはラテンバンドらしくパーカッションが入る。B面はカラオケバージョン。