神田川/南こうせつとかぐや姫
1973年。四畳半フォークの代名詞的傑作。「若かったあのころ」で始まるサビが多くの人のこころを揺さぶる。
贈る言葉/海援隊
1979年。「3年B組金八先生」の主題歌。ドラマのヒットとともに曲も大ヒット。B面の作曲は竜とかおるの伊藤薫か。
あんたが大将/海援隊
1977年。2曲目のヒット。ここからコンスタントにオリコンに入るようになり、「贈る言葉」に続いていく。
母に捧げるバラード/海援隊
1973年。「あんたが大将」が売れて1977年にライブシングルが再発売された。セリフの部分はアドリブ多数。
22才の別れ/風
1975年。かぐや姫時代から人気があった曲。大久保一久は元ジ・アマリーズ。ドラムがあまり目立たないかぐや姫バージョンの方が好きだ。
ささやかなこの人生/風
1976年。伊勢正三はかぐや姫解散後、風を結成。かぐや姫時代の「22才の別れ」を除けば、この曲が風の最大のヒットとなった。B面は大久保一久作詞作曲。
あの唄はもう唄わないのですか/風
1975年。セカンドシングル。実質は最初のオリジナル曲。A面はいつも伊勢正三作曲。
さよならをするために/ビリー・バンバン
1972年。兄弟デュオ。1969年「白いブランコ」でデビュー。ファルセットを使わない男性ボーカルのハーモニーは随一。作詞は石坂浩二。
白い冬/ふきのとう
1974年。北海道出身のデュオ。北海道の厳しい冬を感じさせるメロディ、アレンジ。作曲は山木康世、メーン・ボーカルは細坪基佳。
南風の頃/ふきのとう
1975年。B面の「雪どけ水」は「白い冬」路線。
風来坊/ふきのとう
1977年。「白い冬」以来最も売れたシングル。しかし「白い冬」の3分の1。流行がフォークからニューミュージックに移り変わり、イメージの転換を図ろうとしている。
春雷/ふきのとう
1979年。「風来坊」を超えるヒット。これ以降、ヒットは出ていない。
ジョニーの子守唄/アリス
1978年。堀内孝雄作曲。ロック調。B面は谷村新司の病気で新曲を入れられなかったという。
秋止符/アリス
1979年。堀内孝雄作曲。ドラムを使わず、フォークに近いサウンド。B面は本格的ロック。
今はもうだれも/アリス
1975年。ウッディ・ウーのカバー。ロック調にアレンジ。谷村新司と堀内孝雄はソロで成功。間奏はエレキのツインリード。
君の誕生日/ガロ
1973年。「学生街の喫茶店」に次ぐヒットシングル。間奏に「学生街の喫茶店」のメロディーが出てくる。B面のエレキギターはカーペンターズのトニー・ペルーソを思い出す。
精霊流し/グレープ
1974年。最近もドラマの主題歌にされた代表曲。かぐや姫が確立した四畳半フォークをさらに暗くした感じ。後にさだまさしはソロになり、吉田正美は茶坊主という男女デュオを結成。
夕暮れ時はさびしそう/ニュー・サディスティック・ピンク
1974年。岩手から出てきたグループ。天野滋在籍。フォークのヒットが多いが、実際にやりたかったのはB面のようなハードロックのようだ。
さようなら/ニュー・サディスティック・ピンク
1973年。デビュー曲。哀愁のメロディーと失恋の歌詞がちょうどよく合ってすばらしい。
赤い糸の伝説/ニュー・サディスティック・ピンク
1976年。両面ともニューミュージック。B面は「夕暮れ時はさびしそう」に似ている。
みずいろのポエム/小さなオルフェ
1970年。金森幸介と高階真のデュオ。デビュー盤。金森幸介はその後五つの赤い風船に加入。
ブルース田園/小さなオルフェ
1970年。A面は外部作曲家の曲。B面はオリジナル。B面の方がよい。
朝やけの空から/ジュンジュン
1970年。作曲はジローズの森下悦伸。やや遅れてきたカレッジフォークとも言える。
嫁ぐ朝に/あのねのね
1978年。本来、あのねのねはフォークグループ。お笑いユニットではない。関西では「ありがとうお父さんお母さん」の部分が月華殿のCMに使われて有名。
何かいいことないかな/河島英五とホモ・サピエンス
1975年。あのねのねのバックバンドにいた河島英五のバンド。ストレートな歌詞。後の酒のイメージではない。
愛はかげろう/雅夢
1980年。事実上この一曲だけのヒット。三浦和人はソロで活動。もう少しデビューが早ければ状況は違ったかもしれない。
さなえちゃん/古井戸
1972年。仲井戸麗市と加奈崎芳太郎のデュオ。ライブ録音。「大学ノートの裏表紙に」というフレーズを使い回して無数のバリエーションを作る。フォークではよくある即興の面白さを生かした曲。
雪/猫
1972年に発売されたシングルをA、B面に収録。両面とも吉田拓郎作曲。吉田拓郎の個性が出ている。
水色の街/三輪車
1974年。デビュー盤。メンバーの音楽的趣味やサウンドから、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング、ガロのような音を指向している。ハーモニーがよくできている。
黒いスーツ/三輪車
1974年。ハーモニーのよさを駆使したシングル。B面はカントリー・ロック。
東京から船にのって~白い夜霧のブルース/八事裏山フォーク・オーケストラ
1972年。6人編成で、サックス、バンジョー、ドラム、ベース、ギター2人という編成。名城大学のバンド。デビュー曲は自己紹介を兼ねている。
予期せぬ雨/八事裏山フォーク・オーケストラ
絶頂期のシングルだという。サウンドも木田高介編曲で、当時のメジャーなフォーク歌手に近い。売れてもおかしくなかった。
夜汽車の音は遠い思い出/宿屋の飯盛
1975年。6人いるのでバンド編成なのだろうが、詳細不明。フォーク調でロック寄りではない。メンバーの坂田修はNHKの歌のおにいさんになった。
冬物語/フォー・クローバーズ
1972年。ボーカル・グループ。曲はフォーク調。テレビドラマの主題歌。ジャケットはスタイリストが関わったような洗練されたファッション。
かこいを下さい/くもと空
1975年。沖縄で人気のあったグループ。末期のエレックでデビューしている。
ケンとメリー/バズ
1972年。CMに使われて大ヒット。ガロ、もしくはクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングを彷彿させる。作詞は高橋信之。バックバンドの名前はバズ・ショップ・ダートバンドとなっている。ニッティ・グリッティ・ダート・バンドのもじりか。
エミリア/竜とかおる
1975年。A面は前半後半でだいぶ曲調が違う。泣きのギターがいい。唯一のシングル。それぞれソロ・シングルを発表。
岬めぐり/山本コータローとウィークエンド
1974年。吉田拓郎と同じオデッセイ・レーベルからリリース。B面は南高節作曲。
僕にまかせてください/クラフト
1975年。さだまさしの個性が強く出た曲。むしろクラフトの本性はB面で、高音のコーラスを取れるメンバーがいることは好感が持てる。
友あり遠方ゆえ来らず/クラフト
1973年。歌詞によると主人公は千葉市に、友は2時間かかるところにいるという。
すみれの花/岡本正とうめまつり
1973年。ボーカルは岡本正、バックバンドは7人。うめまつりが単独デビューするのは2年後。
大原の里/うめまつり
1975年。地名のつく曲が多いグループ。大原は京都だと思われる。B面は「うめまつりの大学中退講座」。高石友也の「受験生ブルース」のアンサーソングとも言える。イントロはブラームスの「大学祝典序曲」。
木曽の花嫁さん/わさびーず
1975年。長野にこだわったグループ。B面はフォークだが、A面は民謡色を強く出している。
みどりのふるさと/フォーク・チーズ
1971年。ほとんどバンドサウンドだけで、ストリングスやドラムが入っていない純粋なフォーク。京都のグループのようだ。
あの頃に帰りたい/ちゃんちゃこ
1975年。京都のグループ。今も活動している。
雨の片想い/南京虫と玉手箱
1972年。両面ともかこたかし作曲となっているが、作曲家で有名な「加古隆」ではない。A面の作詞は青木まり子となっており、ジャネッツ、シモンズ、五つの赤い風船の青木まり子と同じ人かどうかは不明。ポップなフォーク。1人は亡くなり、もう1人がソロで活動している。
縁切寺/バンバン
1976年。さだまさし作曲。バンバンのヒット曲3曲のうちの最後。B面は自作曲。
人形の夢/となりきんじょ
1975年。栃木の2人組。
夢追い岬/ばっくすばにい
1978年。メンバーの北村謙ははしだのりひことエンドレスのメンバーだったという。京都出身の2人組。もともとカントリー、ブルーグラスを指向していたらしく、B面はバイオリンが出てくる。A面は歌謡曲。
冬の能登路/おけら分団
1976年。大阪と香川の2人組。出身とは関係ない能登と長岡京を歌っている。京都のマイナー・レーベルから発売。
夢があれば/案山子
朝日放送の「ヤングプラザ」のライブ録音。そのときのライブ音源でレコードを作り、売れなければ原盤をアーティスト自身が破壊するという番組。B面は演奏前後の会場を録音。司会はキダ・タローでゲストはラウドネスの前身のレイジー。曲はフォークで、アマチュアの雰囲気が強い。
君に首ったけ/欲求不満
1973年。チェリッシュの初期メンバーだった奥山圭三が、坪井令夫らと結成した5人組。坪井令夫は「金太の大冒険」で有名なつボイのリオ。名古屋のグループ。ポップなロック。
卒業/レイラ
1977年。このシングルでは都会風のニュー・ミュージックになっているが、本来はフォーク・グループ。原大輔在籍。
我が青春の椹野川/ザ・リンクス
1981年。山口のフォーク・グループ。ギター2人、キーボード2人、パーカッションを含む7人編成。椹野川は山口市を流れる川。今も活動中のようだがメンバーはまったく違う。
僕の倖せ/シーズン・オフ
1975年。カバーらしい。
ひと足遅れの春/とんぼちゃん
1974年。秋田のグループ。コーラス・ハーモニーを重視し、1977年にはビーチ・ボーイズを日本語でカバーしたアルバムを作っている。A面はふきのとうやグレープ路線。
白い夏の詩/とんぼちゃん
1975年。「あの素晴らしい愛をもう一度」に似た曲。
朝/とんぼ
1979年。とんぼちゃんからとんぼに変更。アイドル風フォーク路線から、ニューミュージック風アダルト路線へ転換。
キャプテンの手紙/ダブ
1978年。大阪の人らしい。フォークをやっていたのであろうが、サウンドはニュー・ミュージック。