ブルー・ライト・ヨコハマ/いしだあゆみ
1968年。オリコン1位の大ヒット。60年代筒美京平作品の代表曲。
黄色いレモン/望月浩
1966年。作曲者の名前はすぎやまこういちとなっているが筒美京平の作曲。レコード化された最初の曲。
ヘッドライト/黒沢明とロス・プリモス
1969年。筒美京平作曲でムードコーラスというのはそれほど多くない。
バラ色の雲/ヴィレッジ・シンガーズ
1967年。ストリングスを大きく取り入れているが、ロックのビート感はある。清水道夫のボーカルがかっこいい。B面はコーラスがうまい。
17才/南沙織
1971年。アイドルの定義がまだ確立されていないころ、この曲の有馬三恵子による詩で、70年代の新しい女性像のイメージを決定し、浅田美代子がその定義を確定する。デビュー曲。誤解されやすいが、デビュー時は16歳。シングル発売後に17歳の誕生日がくるように計算された。リン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」を参照して書かれている。
わたしの彼は左きき/麻丘めぐみ
1973年。麻丘めぐみはアイドルで初めて振り付けを導入し、「歌って踊れる」というアイドル像を広めた。TV映り上も華ができて良かった。初期の麻丘めぐみは筒美京平ワールドが大展開。その中の代表曲のひとつ。
恋の追跡/欧陽菲菲
1972年。ブラスロックのチェイスに触発されて作曲された派手なホーンの曲。「ラブ・チェイス」というサブタイトルまでついている。
魅せられて/ジュディ・オング
1979年。ポール・モーリアかカラベリかというようなオーケストラ・アレンジにハープの流麗な響きが加わって大仰になっている。この曲のサビを聞くと、両手を広げて白い衣装をひらめかせるジュディ・オングの姿を条件反射的に思い出す人は多い。
セクシャル・バイオレットNo.1/桑名正博
1979年。CMソング。ソロになってから、筒美京平作品を歌ってきた桑名正博が歌謡ロックの傑作として出したのがこの曲。イントロが長い。個人的には「哀愁トゥナイト」が傑作。
また逢う日まで/尾崎紀世彦
1971年。イタリア人みたいな風貌だが、歌い方もイタリア人。声を張り上げて歌うのは尾崎紀世彦か上条恒彦か、和田アキ子か。レコード大賞。ズーニーヴーの「ひとりの悲しみ」の詩を変えた曲。
ノアの箱舟/平山三紀
1971年。「真夏の出来事」に次ぐシングル。B面の方がいい曲のように思う。
夜が明けて/坂本スミ子
1971年。特に一世を風靡したわけではなく、大ヒットしたわけでもないが、メロディが分かりやすく、すぐに覚えてしまう。
飛んでイスタンブール/庄野真代
1978年。トルコとイスタンブールの知名度を上げた。シンガー・ソングライターながらヒット曲は筒美京平作品が多かった。トルコ政府から感謝された。
ロマンス/岩崎宏美
1975年。岩崎宏美と太田裕美は同時期に筒美京平から楽曲を提供されて、ともに多くのヒット曲を出した。この曲は岩崎宏美の代表曲。作詞は阿久悠が多かったので、太田裕美より歌謡曲寄りだった。
たそがれマイ・ラブ/大橋純子
1978年。ドラマの主題歌。バックは美乃家セントラル・ステイションか。
ロボット/榊原郁恵
1980年。YMOのヒットに触発されて演奏のほとんどをキーボードでやっている。とてもモダンだが、わざとコンピューターチックな音に仕立て上げて面白さを演出している感がある。
卒業/斉藤由貴
1985年。80年代アイドル・ポップスの傑作。作曲もアレンジも素晴らしい。斉藤由貴は漢字2文字のシングルがしばらく続く。
TVの国からキラキラ/松本伊代
1982年。すごいアレンジ。ホーン・セクション、ストリングの従来型楽器に、キーボードを活用してすき間なく音を並べる技術は究極に達している。
来夢来人/小柳ルミ子
1980年。演歌系歌手にロック色の強いサウンドを歌わせた。終始エレキギターが響く。名曲。