わたしの城下町/小柳ルミ子
1971年。デビュー曲。ジャケット裏に平尾昌晃作曲の譜面があるが、とてもシンプル。日本の情緒を歌う。
恋するふたり/岡崎友紀
1973年。1970年デビュー。本業は女優。歌手としてはそれほど成功していない。
純潔/南沙織
1972年。4枚目のシングル。星条旗のバッジが目に付く。
水色の恋/天地真理
1971年。レコードデビュー前、テレビドラマで「恋はみずいろ」を歌っていた。今聞くとかなり低い声だ。一時は自虐的によくテレビに出ていた。
幸せってなに?/吉沢京子
1970年。タイガースの森本太郎作曲。最大のヒット。
虹をわたって/天地真理
1972年。天地真理のヒット曲のほとんどは森田公一が作曲しているが、これは代表曲。シャッフルビート。B面は鐘の音が印象的。
恋する夏の日/天地真理
1973年。「あなたを待つのテニスコート」で有名なヒット曲。ギターがとてもハードなのには驚く。B面はベースがいい。
コーヒーショップで/あべ静江
1973年。学生に人気があったというのはこのシングルの裏ジャケで理解できるが、なぜ文系学生に人気があったのかは分からないままだ。
草原の輝き/アグネス・チャン
1973年。高い声だ。何度聞いても。
緑の季節/山口いづみ
1972年。この曲を初めて聞いたとき、南沙織かと思った。エ列の発音、ビブラートのかけ方などが似ている。次のシングルは「緑の太陽」。
芽ばえ/麻丘めぐみ
1972年。南沙織に続いて筒美京平の恩恵を受けたアイドル。細い。
中学三年生/森昌子
1972年。山口百恵、桜田淳子とともに中三トリオを形成。歌唱力は一番だった。卒業に関する歌で、途中に「蛍の光」のフレーズが入る。
わたしの青い鳥/桜田淳子
1973年。代表曲。山口百恵、森昌子とともに中三トリオの1人。阿久悠作詞。
噂の天使/南陽子
1973年。南沙織はデビュー前、南陽子という芸名でデビューするという話があった。森田公一作曲だからアイドルなんだろう。あまり情報なし。
初恋のメロディー/小林麻美
1972年。ダイヤモンド毛糸の宣伝盤のため変なジャケットになっているが、本来はちゃんとしたジャケット。とても細身。筒美京平作曲。
ひなげしの花/アグネス・チャン
1972年。出だしからとても高い声。出そうと思って出しているのではなく、自然に歌ったらこんなに高い声になるという声。それを最大の売りにするために旋律の最高点を曲の最初に持ってきている。森田公一の効果的な作曲。
みずいろの手紙/あべ静江
1973年。イントロにセリフが入っている。アイドル黎明期としては新機軸。高い声が気持ちよく出る。裏ジャケのような清楚なイメージで大学生に人気があったという。
恋人くん/速水栄子
1973年。作詞が両面とも石坂まさを。つまり演歌の人。B面は森昌子を意識したような曲。歌唱力がある。
はじめての出来事/桜田淳子
1974年。唯一の1位ヒット。ヒット曲のほぼすべてが阿久悠作詞。徹底的に対象を追いかけるという当時の桜田淳子ファンの行動は、その後のアイドルファンのあるべき姿として広まっていくと同時に、アイドルファンとは特殊な人たちという認識を世間に芽生えさせた。
少女恋唄/浅田美代子
1975年。「アイドル」の定義を決定したのは浅田美代子だ。「歌手」と「アイドル」の差を明確にした。すなわち、歌唱力よりもビジュアル先行ということだ。
ひまわり娘/伊藤咲子
1974年。ひまわり娘とは伊藤咲子自身のことだと思われる。ジャケットの衣装は靴まで黄色一色。チャームポイントは「ひまわりのような笑顔」だそうだ。作曲のシュキ・レヴィはシュキとアビバの人らしい。ロンドン・ランズダウスタジオはユーライア・ヒープが長年使用したスタジオではないか。
赤いハイヒール/太田裕美
1976年。アイドルとニューミュージックの間を行っていた。
愛がはじまる時/風吹ジュン
1974年。デビュー盤。かわいらしさを強調した歌い方。作詞は南沙織と同じ有馬三恵子。
処女航海/優雅
1974年。台湾出身のアイドル。筒美京平、有馬三恵子のコンビはデビュー時の南沙織と同じ組み合わせ。アグネス・チャンほどは売れなかった。
神さまお願い/黒木真由美
1975年。テンプターズのカバーではない。顔立ちが外国人風というのはよく言われるようだ。都倉俊一作曲。
ぬくもり/片平なぎさ
1976年。ピアノとハープ、ストリングスで曲を悲しく盛り上げるが、サビがインパクトに欠ける。
ゆれてる私/桜田淳子
1975年。次々と新人アイドルが登場する中で埋もれていき、山口百恵は大歌手になっていく。
春一番/キャンディーズ
1976年。2月くらいになるとよくかかる季節もののヒット。バックがエレキギターとムーグで演奏されるロック色の濃い曲。
ひとりごと/岡田奈々
1975年。70年代初期は有名人でも自宅住所を公表することは珍しくなかったが、1977年のファン侵入事件で完全になくなった。
みかん/大竹しのぶ
1976年。デビュー盤。女優としての実力のみで生きていける元アイドルはそういないだろう。
ハイ!授業中/松本ちえこ
1977年。「恋人試験」「恋人願書」など、学校関係の曲が多かった。
太陽は泣いているセンセーション’78/山内恵美子
1978年。いしだあゆみのカバー。山内恵美子はカーティス・メイフィールドが好きだという。
パープル・シャドウ/高田みづえ
1978年。ビート、リズムにかけては歌謡ポップス随一の作曲家、都倉俊一の面目躍如。特にA面は山本リンダの曲とともに代表作に入るのではないか。
あなたは「おもしろマガジン」/榊原郁恵
1980年。雑誌を模したジャケットがすばらしい。水谷公生作曲なのでギターがよく鳴る。サウンドは「ロボット」にも通じる。
まわれ恋の風車/香坂みゆき
1978年。歌謡曲だがだんだんリズムが速くなる。メリー・ホプキンの「悲しき天使」を想起する。いい曲だ。都倉俊一作曲。
ディスコ・ドリーム/大場久美子
1978年。過去に例のない歌唱力だ。新たにレコードを聞くとき、これほど期待させる歌手はいない。
春ラ!ラ!ラ!/石野真子
1980年。「春という字は三人の日と書きます」と書いたのは伊藤アキラ。春にふさわしいはつらつとした曲。
くるみ割り人形/石川ひとみ
1978年。昔からコアなファンの割合が多かった人。今もよくテレビに出てくる。小林麻美、岡田奈々みたいな、か弱いイメージ。
結婚してもいいですか/竹下景子
1978年。デビュー盤。クイズ・ダービーではらたいらの隣にいた人。セリフ入り。よく見ると鎌倉のご当地ソングだ。
セザンヌの絵/高見知佳
1979年。西島三重子作曲。ドラムやギターは一切出てこず、ピアノと弦楽器だけで演奏される。
私のハートはストップモーション/桑江知子
1979年。よく分からないタイトルで少し話題になったが、79年にデビューしたアイドルは、翌年の松田聖子デビューでほとんどが吹き飛ばされてしまう。
赤と黒/岩崎良美
1980年。藤丸バンド、SHOGUNの芳野藤丸作曲。タイトルはスタンダールの有名な小説「赤と黒」から。デビューシングル。
LA WOMAN/岩崎良美
1981年。南佳孝作曲。「ブルー・ネイビー・ブルー」はダイアン・リネイを意識したであろうフレーズだ。B面はブレッド&バターの岩沢二弓作曲。有馬三恵子は時流に流されず、外来語は使わずに作詞している。
オリーブの栞/石川ひとみ
1980年。アイドルとして売れたのは荒井由実作曲の「まちぶせ」だけで、ほかはそれほど売れていない。このシングルはオリコンにも入っていない。
君は輝いて天使に見えた/石川ひとみ
1982年。ニュー・サディスティック・ピンクの天野滋作詞作曲。
あの場所から/柏原よしえ
1982年。オリジナルはKとブルンネン、その後朝倉理恵がカバーし、再び柏原よしえがカバー。筒美京平作曲。
I THINK SO/岩崎良美
1980年。岩崎宏美の妹。声も姉に似ている。スタンダールの著作と同じタイトル「赤と黒」でデビュー。
セクシー・ナイト/三原順子
1980年。かなりロック寄り。演奏しているのはシステムというバンドで、キーボード・プレイヤーの長戸大幸が作曲。作詞はコーラスの亜蘭知子。ジャケットは2種類ある。長戸大幸は後にビーイングで成功。
セクシー・ナイト/三原順子
1980年。最初のジャケット。
ハロー・グッバイ/柏原よしえ
1981年。ビートルズに同じタイトルの曲がある。代表曲。
スマイル・フォー・ミー/河合奈保子
1981年。あくまでもかわいらしさを売りにしていた。「8時だよ!全員集合」で志村けんに気に入られていた。
スローモーション/中森明菜
1982年。音楽賞の選考レースの締め切りが終わった前年10月から翌年の9月までのデビューがアイドルにおける「同期デビュー」だ。特に82年は屈指の豊作だったので、「花の82年組」とも呼ばれる。その中でトップは中森明菜。この曲は来生たかお作曲。
センチメンタル・ジャーニー/松本伊代
1981年。特異な声で筒美京平に興味を持たれた。「伊代はまだ16だから」という、デビュー曲にして自己紹介曲。
Coffee/堀江美都子
1982年。アニメ主題歌ではない。60年代からアニメ主題歌歌手として活動しているので、普通のアイドルよりはるかにうまい。
恋はサマー・フィーリング/石川秀美
1983年。森田公一作曲なのにサビが榊原郁恵の「ロボット」。アレンジもそれとなく似ている。俊足アイドル。
潮風の少女/堀ちえみ
1982年。デビュー盤。当時15才。今は5児の母。大阪で子育てタレントとして活動している。
早春物語/原田知世
1985年。薬師丸ひろ子に次ぐ角川映画のヒロイン。歌は薬師丸ひろ子ほどはうまくなかった。同名映画の主題歌。レコード盤が透明。
スターダスト・メモリー/小泉今日子
1984年。アルフィーの高見沢俊彦作曲。このころはまだ純然たるアイドル。ショートカットでボーイッシュ。
ヤマトナデシコ七変化/小泉今日子
1984年。アイドル史では「なんてったってアイドル」とともにとても重要な曲。アイドルを演じている自分をアイドル本人が歌い、パロディー化している。
微妙なとこネ/松居直美
1983年。このシングルを発売した時点で松居直美は中学3年だが、すでにお笑い路線に走った曲だ。サビはわざと演歌風にコブシを回した歌い方。
夏色のナンシー/早見優
1983年。ハワイでスカウトされたというのが売り。英語がうまい。歌唱力も結構ある。サビでアイドルとは思えないがなり声で歌うのはアメリカのポップスを聞いて育ったせいか。
恋と涙の17才/つちやかおり
1982年。1963年のレスリー・ゴアのカバー。かなり小柄。
愛のオーロラ/荻野目慶子
1983年。デビュー盤。両面とも南極物語の曲。主題歌はヴァンゲリス。妹は荻野目洋子。透明感のある声。
微熱かナ/伊藤麻衣子
1983年。デビュー盤。来生たかお作曲。卒業の曲。一時は葉山レイコとともにパソコンに強い元アイドルとして話題になった。B面は長戸大幸作曲。
キリキリ舞い/大沢逸美
1983年。ボーイッシュ。デビューアルバムのタイトルは「イエス・イッツ・ミー」だ。宇崎竜童らしいロック。
脱・プラトニック/桑田靖子
1983年。デビュー盤。アイドルにしてはかなりの歌唱力。
夢の入口/伊藤麻衣子
1983年。デビュー盤の次のシングル。B面は卒業式用か。男性の名前がたくさん出てくる。
ゆ・れ・て湘南/石川秀美
1982年。歌詞にある「プリーズ・プリーズ・ミー」や「ホールド・ユア・ハンド」はビートルズ関連らしい。両面とも海に関する曲。
ヤング・ボーイ/河合奈保子
1980年。サビの部分のアレンジにロックギタリスト水谷公生の個性が出ている。
色づく街/三田寛子
1982年。南沙織のカバー。南沙織のボーカルの表現力を確認できるシングル。B面はブレッド&バターの岩沢幸矢と岩沢二弓作曲。
ダンシング・ヒーロー/荻野目洋子
1985年。アンジー・ゴールドの「Eat You Up」のカバー。ユーロビート。姉の荻野目慶子より有名になった。
第II少女期/渡辺桂子
1984年。本当は「第」の字が違う。ロック調。メロディック・ハード・ロックと言ってもよい。レコード・レーベルが渡辺桂子の独自仕様。
卒業/菊池桃子
1985年。同じ時期に同じタイトルの曲を斉藤由貴が歌っていた。テレビでの歌唱力の不安定さはいかんともしがたかった。B面はロックなので、あまりボーカルの下手さは気にならない。
パジャマ・じゃまだ!/成清加奈子
1984年。デビュー盤。こういうタイトルは森雪之丞だろうと思ったら康珍化だった。アイドル・ポップというのがどういう音を指すのかわからないが、アイドル以外にこういう曲をやるジャンルはあまりない。B面の「おしゃれフリーク」はシックのカバーではない。
晴れ、ときどき殺人/渡辺典子
1984年。大仰なイントロ。歌唱力はそこそこある。宇崎竜童作曲。角川映画の主題歌。
二人だけのセレモニー/岡田有希子
1985年。岡田有希子を支えた作曲家陣はとても重厚。事務所であるサン・ミュージックの気合いの入れようは分かる。松田聖子で学んだことを岡田有希子で実践した。
曇り、のち晴れ/志村香
1985年。雰囲気は飯島真理の「1グラムの幸福」に似ている。やや舌足らず。
チェック・ポイント/藤井一子
1986年。オーバープロデュース気味のロック。ドラムの音が普通より大きい。
理由なき反抗/伊藤さやか
1983年。A面タイトルは有名な映画と同じ。B面の「高校3年生」は一部舟木一夫の歌詞が出てくる。かなり危ない歌詞。姫始めという言葉でてくるのはこの曲ぐらいだろう。
the Cross/本田美奈子
1986年。ゲイリー・ムーア作曲。ロック向きの歌唱。ギターはゲイリー・ムーア。後半はソロもとる。B面は英詩。ヘソ出しルックの元祖。
プライベート・レッスン/芳本美代子
1985年。アイドル・ロック。程々にいい曲。
風のマドリガル/南野陽子
1986年。曲全体が「さらばシベリア鉄道」に似ている。
クローズ・アップ/中山美穂
1986年。チューリップの財津和夫作曲。前作の「色・ホワイトブレンド」は竹内まりや、次作の「JINGI・愛してもらいます」は小室哲哉作曲。デビューした年は3曲とも筒美京平だった。松田聖子が確立したアイドルの売り方を忠実に守っている。
深呼吸して/渡辺満里奈
1986年。現在タレント。うまく年を取っている。おニャン子クラブ会員番号36番。
瞳に約束/渡辺美奈代
1986年。意外に熱心なファンが多かったという。会員番号29番。
あじさい橋/城之内早苗
1986年。おニャン子クラブ唯一の演歌系。現在も中ホールクラスでコンサートをしているという点では、歌手として最も成功している。会員番号17番。
MUGO・ん…色っぽい/工藤静香
1988年。11曲もオリコン1位がある。ヒットの多さではトップ。「目と目で通じ合う」という中島みゆきの作詞。ソロシングルは秋元康の手をほとんど借りなかった。会員番号38番。
風のInvitation/福永恵規
1986年。読み方の難しいメンバー。会員番号11番。
話しかけたかった/南野陽子
1987年。ほかのアイドルよりも売れてテレビでの露出が多かった。